大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成3年(行ツ)214号 判決

上告人

武内茂夫

武内宏子

青井益夫

青井幸男

矢野和子

片山好晴

窪田通義

窪田節子

山岡森雄

山岡優

山岡惠子

渡邉長市

渡邉スズ子

廣田博

廣田さゆみ

小澤慶子

德瀬芳子

宇髙チズ子

玉井久枝

德永吉子

赤尾邦夫

竹本千万吉

竹本ヤス子

長野祐知

長野千津子

益田修二

吉村保太

渡部平三郎

渡部マスミ

近藤秀

近藤末子

青井直孝

青井秀子

中野博安

檜垣榮一郎

德丸伸之

德丸延子

加藤峰一

加藤美和子

加藤廣行

小澤利子

小澤和子

山下啓

山下武都美

山下久江

大澤ケイ子

大澤守

大澤槇枝

佐々木義久

大下初一

濵本眞喜男

丸山政博

寺尾美代子

日浅政俊

湯川ヨシエ

佐藤文男

土本俊治

日野幸太郎

濵本君雄

井戸浩一

武内ミチエ

武内節美

武内一馬

武内政子

檜垣昇

奥田昌子

德丸ヒサ子

新宅文子

右六八名訴訟代理人弁護士

矢野真之

青野秀治

菅原辰二

被上告人

今治市長

岡島一夫

右訴訟代理人弁護士

堀家嘉郎

土山幸三郎

石津廣司

右指定代理人

越智重信

外二名

主文

原判決中上告人らに関する部分を破棄する。

右部分につき本件を高松高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人矢野真之、同青野秀治、同菅原辰二の上告理由について

一上告人らの本件訴えは、被上告人が公有水面埋立法二条、港湾法五八条二項に基づいてした今治港の港湾区域内の公有水面の埋立免許(以下「本件埋立免許」という。)が瀬戸内海環境保全特別措置法一三条等に違反する違法なものであるから、これに基づいて今治市が行う埋立工事(以下「本件埋立て」という。)も違法であり、したがって、本件埋立てのために被上告人のする公金の支出(以下「本件公金支出」という。)もまた違法であるとして、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、被上告人に対し本件公金支出の差止めを請求する、というものである。

二右訴えにつき、原審は、(一)本件訴えの請求の趣旨は、差止請求の対象を本件埋立免許に基づく一切の財務会計上の行為としているものと解すべきところ、右行為としては多数に及ぶものが考えられるのにそれ以上には特定されず、また、これを公金の支出に限定するとしても、なおその特定が不十分であり、したがって、当該財務会計上の行為がされるということが相当の確実さをもって予測されるかどうかにつき、判断することもできない、(二) 本件訴えは、上告人らが海浜公園である織田が浜の自然環境を保全すべき権利が侵害されたとしてその救済を求めるものであるところ、このような権利の救済について、憲法上第一次的な責任を負う者は立法機関、行政機関であるから、裁判所にこのような訴訟を提起するためには、請願等の一定の手続を前置すべきであり、そのような手続を経ていない本件訴えは、争訟性を欠いており、いずれにしても本件訴えは不適法であるとして、上告人らの請求を棄却した第一審判決を取り消し、本件訴えを却下する判決をした。

三しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

地方自治法二四二条の二第一項一号の規定による住民訴訟の制度は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為を予防するため、一定の要件の下に、住民に対し当該行為の全部又は一部の事前の差止めを裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものである。このような事前の差止請求において、複数の行為を包括的にとらえて差止請求の対象とする場合、その一つ一つの行為を他の行為と区別して特定し認識することができるように個別、具体的に摘示することまでが常に必要とされるものではない。この場合においては、差止請求の対象となる行為とそうでない行為とが識別できる程度に特定されていることが必要であることはいうまでもないが、事前の差止請求にあっては、当該行為の適否の判断のほか、さらに、当該行為が行われることが相当の確実さをもって予測されるか否かの点及び当該行為により当該普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがあるか否かの点に対する判断が必要となることからすれば、これらの点について判断することが可能な程度に、その対象となる行為の範囲等が特定されていることが必要であり、かつ、これをもって足りるものというべきである。このような観点からすると、例えば、特定の工事の完成に向けて行われる一連の財務会計上の行為についてその差止めを求めるような場合には、通常は、右工事自体を特定することにより、差止請求の対象となる行為の範囲を識別することができ、また、右特定の工事自体が違法であることを当該行為の違法事由としているときは、当該行為を全体として一体とみてその適否等を判断することができるというべきであるから、右工事にかかわる個々の行為の一つ一つを個別、具体的に摘示しなくても、差止請求の対象は特定されていることになるものというべきである。

これを本件についてみるに、前記の上告人らの本件訴えの内容からすると、本件の請求は、本件埋立て等に関して被上告人のする一切の公金の支出の包括的な差止めをその趣旨とするものであり、専ら本件埋立免許及びそれに基づく本件埋立てが違法であることを理由とし、そのため本件埋立免許を前提として今後被上告人のする本件埋立ての完成に向けての一連の経費の支出も包括的に違法なものになるとして、その差止めを求めていることが明らかである。そうすると、本件訴えにおいては、差止請求の対象となる本件公金支出の範囲を識別することができ、また、これを全体として一体とみてその適否を判断することが可能であり、さらに、これが行われることが相当の確実さをもって予測されるか否か、回復困難な損害が生ずるか否かの点をも判断することが可能であるから、請求の趣旨の特定として欠けるところはないものというべきである。

また、前記のような住民訴訟の制度を地方自治法が認めていることからして、本件訴えが争訟性を欠き不適法なものであるとすることができないことは明らかである。

そうすると、上告人らの本件訴えを不適法として却下した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。よって、原判決中上告人らに関する部分を破棄し、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官園部逸夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。

私はかねて、住民訴訟については、住民監査請求の場合と異なり、地方自治法二四二条の二第一項所定の各種の請求としてかなり厳格な訴訟上の法理を適用して争われるものである以上、その対象は一定の具体的な財務会計上の行為又は怠る事実(以下、財務会計上の行為又は怠る事実を「当該行為等」という。)に限定されるという見解を抱いているものであるが(最高裁平成元年(行ツ)第六八号同二年六月五日第三小法廷判決・民集四四巻四号七一九頁における私の反対意見参照)、当該行為等がどの程度特定されれば請求の対象として具体性があると認められるかは、前記各請求の法的性格によっておのずから異なるのではないかと考えている。本件住民訴訟は、右一項一号の規定による事前の差止請求であるから、当該行為等の特定の度合いは、他の請求の場合と比較して、事の性質上、より緩やかなものとならざるを得ない。もし、事前の差止請求についても他の請求と同程度の個別具体的な特定を要求するとすれば、右一号請求の運用はほとんどの場合不可能となろう。そのような解釈は、住民訴訟を定めた地方自治法の趣旨に反するもので、賛成することができない。現行の住民訴訟制度には立法上整備すべき点が多々あるが、一号請求の対象要件に関する現行法の解釈としては、私は、法廷意見の解釈が妥当と考えるのである。

(裁判長裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男)

上告代理人矢野真之、同青野秀治、同菅原辰二の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背がある。

すなわち、原判決は、地方自治法第二四二条及び同法第二四二条の二の解釈適用を誤ったため、上告人らの訴えを却下する判決を言い渡したものであり、右法令の解釈適用を誤ることなく本案の判断を適正にしていたならば、上告人らの請求は認められたはずである。

その理由は、以下のとおりである。第一、財務会計上の行為の特定について

一、原判決は、上告人らの請求を却下する理由の一つとして、差し止めるべき財務会計上の行為につき特定がないことを指摘している。

ところで原判決は、右の理由を説示する中で奇妙な論理を展開しているので、まずこの点について指摘しておく。

1、原判決は、理由の一、1、(二)において、住民訴訟の差止請求は、原則として財務会計上の行為が既に行われたことを要件とし、その行為に基づく後続の財務会計上の行為が差止の対象となる行為であるとしている。続いて財務会計上の行為がなされることが相当な確実さをもって予測される場合は、「例外的に」その行為も差止の対象となるとしている。

このように差止請求を原則と例外に分ける実益がどこにあるのか、また何を根拠に差止請求が原則と例外とに分類され得るのか、その理由は全く不明である。そもそも既に行われてしまった行為に対する差止請求ということはあり得ないのであり、差止請求は将来なされるであろう行為がその対象となるものであることは自明の理である。また財務会計上の行為がなされることが相当な確実さをもって予測されるという要件は、差止請求全般についての要件であり、財務会計上の行為が既に行われた場合というのは、単に後続の財務会計上の行為がなされることが相当な確実さをもって予測される場合の一態様に過ぎないものである。

2、次に原判決は、理由の一、2(一)において、上告人らが差止を求める対象は、「埋立工事に関する一切の公金の支出」ではなく「本件埋立免許に基づく一切の財務会計上の行為」であると解釈している。その理由として、上告人らの目的が織田が浜の自然環境侵害(破壊の意味か?)を防止することであり、「公金の支出」だけを差し止めても他の財務会計上の行為により埋立工事が進行できない訳ではないことを指摘している。上告人らの請求を認めるに当たって、右のような善解をして請求の趣旨を改めるのであれば、それなりに評価できることではあるが、本件では上告人らに差止請求の対象の特定を求める前提として右のような判断をしているものであり、次のような重大な問題を含んでいる。

すなわち「本件埋立免許に基づく一切の財務会計上の行為」が特定された(又は特定し得る)行為として扱われるのであれば、単に請求の趣旨の善解として評価すれば足りるが、原判決の言うところの「本件埋立免許に基づく一切の財務会計上の行為」とは特定されていない(又は特定し得ない)行為であることは明らかである。結局原判決は、上告人らに差止請求の特定を要求しておきながら、上告人らの請求を特定し得ないものにすりかえてしまっているのである。

更に、「公金の支出」だけを差し止めても他の財務会計上の行為により埋立工事が進行できない訳ではない、ということは、裁判所の判決に対して行政側が抜け道を捜すであろうことを考慮したものと解されるが、このようなことを考慮すること自体地方自治法及び行政事件訴訟法の解釈を誤ったものであると言わなければならない。

まず地方自治法第二四二条の二第一項第一号は、差止請求の対象を「当該行為の全部又は一部」と規定しており、当該行為の一部についての差止請求が認められている。従って差止の対象が、考えられるありとあらゆる行為(すなわち「当該行為の全部」)でなければならないということはないのである。

次に住民訴訟においても、行政事件訴訟法第三三条第一項が準用され(行政事件訴訟法第四三条第三項、同法第四一条第一項)、行政庁には、判決の判断内容を尊重、受忍し、その趣旨に沿って行動しなければならない拘束力が生ずる。従って裁判所として、考えられるありとあらゆる行為を差し止めなければ判決の実効性がなくなる、というようなことを考慮する必要は全くないのである。

3、続いて原判決は、理由の一、2、(二)において不可解な判示をしている。今治市は、本件埋立免許に基づき予算措置を講じて昭和六二年五月から埋立工事を開始しており、埋立工事のための公金支出は既に一部行われてしまっている。差止請求の対象はあくまで将来行われる行為である(既に行われてしまった行為に対する差止請求はありえない)から、今後行われる埋立工事のための公金支出が本件での差止の対象となるはずである。

ところが原判決は、本件を「差止の対象となるべき財務会計上の行為はまだ存在しない(これは埋立工事のための公金支出が未だになされていないという意味であると解される)ものとして判断すべき」としている。そして本件が(前記の不可思議な差止請求の二分類のうちの)原則的な差止の場合には該当せず、例外的な差止に該当するものと判断している。なおこのような判断が、原判決の結論にどのように影響しているのか、全く不明である。

二、1、原判決は、差止請求の住民訴訟においては、差止請求の対象となるべき財務会計上の行為を個々に特定すべきであるとしている。しかしその理由とするところは、原則的な住民訴訟(地方自治法第二四二条の二第一項第四号の損害賠償請求等の代位訴訟のことか)において対象となるべき財務会計上の行為を個々に特定すべきであるから、例外的な住民訴訟である差止請求の場合にもこれと異にすべき理由を見出し難い、というにとどまる。何故原則的な住民訴訟において対象となるべき財務会計上の行為を個々に特定すべきか、また何故例外的な住民訴訟である差止請求の場合にもこれと異にすべき理由を見出し難いのか、ということについては全く触れられていない。ただ最高裁判所平成二年六月五日判決が引用されているだけである。

ところで右最高裁判所判決は、住民監査請求における行為の特定が問題となった事案であるが、まず一般論として「当該行為等が複数である場合には、当該行為等の性質、目的等に照らしこれらを一体とみてその違法性又は不当性を判断するのを相当とする場合を除き、各行為等を他の行為等と区別して特定認識できるように個別的、具体的に摘示することを要するものというべきであ」る、と判示している。すなわち全ての事案について財務会計上の行為の個別的、具体的な特定が要求されるということではなく、当該行為の性質、目的等に照らし、一体的に違法性を判断するのが相当である場合と、個別的に違法性を判断するのが相当である場合とがあることを指摘しているのである。そして右事件の事案に即して「右事実によれば、本件監査請求の対象とされている行為は、大阪府水道部の総務、浄水及び工務の各課における昭和五五年度から同五七年度までの三予算年度にわたる会議接待費用等の名目による複数回の公金の支出であることが理解されるが、右のような種類の公金の支出の違法又は不当性は、事柄の性質上個々の支出ごとに判断するほかないと考えられるから、右公金の支出を他の支出から区別して特定認識できるように個別的、具体的に摘示することを要するものというべきである。」と結論を導いているのである。ところが、原判決は本件事案の性質等を全く考慮しないで、財務会計上の行為の個別的、具体的な特定が必要であるという結論だけを述べている。

本件で上告人らが本件埋立工事のための公金支出が違法となる理由としているのは、埋立免許ないし埋立そのものの違法であり、個々の工事請負契約等の違法ではない。従って本件は、右最高裁判所判決の基準に従い、当該行為等の性質、目的等に照らしこれらを一体とみてその違法性を判断するのを相当とする場合に該当するものである。

2、そもそも原判決は、差止請求の住民訴訟において、対象となる財務会計上の行為の特定が要求される根拠について何ら言及していない。差止請求の住民訴訟において、対象となる財務会計上の行為について何らかの特定が必要であることは、ある意味では当然のことである。問題は、どの程度の特定が必要であるかということであるが、それは「特定」という言葉自体から当然に導かれるものではなく、特定が必要とされる根拠によって決まるものである。

そこで、差止請求の住民訴訟において、対象となる財務会計上の行為の特定が要求される根拠を考慮するに、次の二点が考えられる。

(1) 確実性の判断

差止請求は、当該行為がなされることが相当な確実さをもって予測されることが要件となっている。従って裁判所が当該行為がなされることが相当な確実さをもって予測されるか否かを判断する上で、ある程度対象となる行為が特定されていることが必要となる。しかしこのような要請に基づく特定とは、裁判所が当該行為がなされることが相当な確実さをもって予測されるか否かを判断できる程度に特定されていれば足りるはずである。

これを本件について見るに、本件埋立免許がなされ、かつ埋立免許に基づく工事が進行している状況で、裁判所が「埋立工事に関する一切の公金の支出」が相当な確実さをもって予測されると判断することにつき何の支障もないはずである。

原判決は、「当該財務会計上の行為の特定ができない限り、その行為がされることを相当の確実性をもって予測されるかどうかにつき、判断することもできない。」としているが、これは特定ということの概念を行為の時期、内容、金額等につき特定されたものと決めつけているからこそ導かれる結論であり、特定ということの概念が変われば当然に結論も変わってくるはずである。

(2) 違法性の判断

差止請求は、当該行為が違法であることが要件となっている。従って裁判所が当該行為が違法であるか否かを判断する上で、ある程度対象となる行為が特定されていることが必要となる。しかしこのような要請に基づく特定とは、裁判所が当該行為が違法か否かを判断できる程度(表現を変えるなら、請求の対象となっている行為に違法なものと適法なものが混在しない程度)に特定されていれば足りるはずである。

これを本件について見るに、本件公金の支出が違法である理由は、本件埋立免許ないし本件埋立の違法にあり、個々の工事請負契約の違法ではない。従って本件埋立免許の内容さえ確定していれば、本件公金支出の違法性の判断は裁判所として可能であり、また被上告人においても防御が可能である。(現に第一審裁判所は、この観点から本件埋立免許の違法性を判断しており、また被上告人においても本件埋立免許の違法性に関する防御は尽くしている。)また原判決が例示しているように工事契約毎に公金支出を特定してみても、工事契約自体に違法性がない以上、特定されたあるものが違法となり、あるものが適法となるというようなことは考えられない。(ちなみに前述の最高裁判所判例の事案は、複数の公金支出の中に違法なものと適法なものとが混じっている事案である。)従って、本件で、原判決が要求しているような特定をしてみても、何の実益も認められないのである。

3、また原判決は、行為の特定ということにつき、事後の損害賠償と事前の差止請求とを全く同一視している点でも問題がある。事後の損害賠償請求において、財務会計上の行為は過去の出来事であり、その時期、内容、金額等について特定することは可能であるが、事前の差止請求において財務会計上の行為は将来起こる出来事であり、同様の特定をすることは不可能である。特に公金支出の直後の根拠となる工事請負契約の個々の特定が必要であるとするなら、本件のように多年度の公金支出を伴う工事については、差止を求めるべき公金の支出を工事請負契約毎に特定することは不可能である。(原判決自体そのような特定が不可能であることを、自認している。)それにもかかわらず工事契約毎の特定を要求するということは、本件のような事案において住民訴訟を認めないことと実質的には同じことになってしまう。

三、結局本件においては、事案の性質上上告人らの請求の趣旨で、必要な特定は充分なされているものであり、契約毎の時期・内容・金額の特定まで必要とする原判決の判断は地方自治法の解釈を誤ったものと言わざるを得ない。

なお大分地方裁判所昭和五八年一月二四日判決(行裁集三四巻一号七一頁)及び福岡高等裁判所昭和五八年九月二八日判決(行裁集三四巻九号一六四七頁)は、卸売市場開設にかかる事案であるが、差止請求対象の特定について次のような判示をしており、地方自治法についての正当な判断であると思料するので、貴庁におかれても斟酌されたい。

「本件卸売市場開設計画を実行して卸売市場を開設することが違法であるならば、そのためにとられる公金支出等の財務会計上の行為もまた違法となるのであるから、本訴請求の趣旨第一項のように、右計画実行のための財務会計上の諸行為を行為の類型ごとに包括的に表示して差止請求の対象としてもなんら請求の特定性に欠けるところはないと解すべきである。蓋し、地方自治法二四二条の二第一項一号の請求は、地方公共団体の長等について違法な公金支出等の行為のなされることが相当の確実さをもって予測される場合に当該行為の事前の差止請求を認めたものであるが、このような事前差止請求にあっては、差止対象となる行為の特定には自ら限界があり、本件卸売市場開設計画のように、一の事業計画の実行として多数の行為が伴う場合にまで、より個別的、具体的な財務会計上の行為の特定を住民に求めるときは、事前の差止請求は著しく困難となり、事実上住民訴訟の道を閉ざす結果となるのであり、他方、差止請求の対象となる個々の具体的行為は基本となる計画自体によって一応判別しうることとなるので、被告市長の防御に支障をきたすこともないからである。」

第二、本件における争訟性について

一、原判決は、本件訴えが争訟性に欠けるため不適法であるとしているが、これは本件差止請求が住民の環境権を被保全権利とする特殊の訴訟であるという理解を基本としているものと思料される。しかし上告人らは、あくまで地方自治法に基づく住民訴訟を行っているのであり、原判決が認定しているような特殊な訴訟をしているものではない。その意味では、原判決のこの点に関する判示事項は、上告理由の対象外である。

二、但し、原判決は「回復困難な損害」の概念について誤った判断をしていると思われるので、この点についてのみ指摘しておく。原判決は「通常差し止められる財務会計上の行為は予算に基づく執行に帰着し損害賠償に親しむもので損害は回復可能である」と判示している。これは金銭の支出は、金銭の賠償により損害が回復されるという意味であろうが、金額の多寡を問題としていないところに誤りがある。損害賠償の被告となるのは、自治体の職員個人であるが、個人の支払い能力に限度があることは公知の事実であり、地方自治体の支出が個人の支払い能力を超えるような多額に及ぶ場合は、事後に損害賠償の判決を得ても、現実の損害回復は不可能である。

本件のように支出される金額が億の単位に及ぶものである場合は、特別の事情がない限り、損害の回復は困難であると解すべきである。

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